自分があるか

とうとう我が社でも正社員を雇用した。新人というには歳を食っているが、最年少ではあるし、新人と呼んで差し支えないと思う。

その新人君の質問が僕を苛つかせる。

「僕さん。この印刷は両面でいいっすか?」

「僕さん。すいません。Googleドライブ使ってもいいっすか?」

仕方が無いので、僕はこう言う。

「君は何をしたいんだ?」

別に言葉遣いに苛ついているわけではない。質問から”自分なりにどう考えて、どうしたいのか”が見えないのだ。結局、僕が考え、僕が責任を負っている。仕事を任せたのにも関わらず、だ。

なぜ、新人君からこのような質問が発せられるのか、考えられる背景は2つだ。

”正解を自分以外に求めているから”か、”失敗したくないから”だ。

両者に因果関係はある。例えば、一応自分の考えはあるが、失敗したくないから他者に意見を求める人だ。こういう考え方をする人は大体嫌なヤツだ。人に質問しておいて「いや、それは~」というのは朝飯前。挙句の果てには、あの人がこういったからと責任を押し付ける。こう言ってはなんだが、ああ言ったらこう言うタイプ、公務員に多いタイプだ。

我が社の新人君は、失敗したくないのは少々、どちらかというと正解を求めている方だ。自分の意見が無いから簡単なことでも判断ができず、人に正解を求めている。

これは、我が社の新人君に限らない。

仕事柄多くのビジネスパーソンを見ているが、自分なりの方針や判断基準を持っている人は少ない。大手の上場企業のビジネスパーソンですらそうだ。そういう人は自分で判断を下さず、物事を右から左へ投げてしまう。曰く「ルールだからやって」、「上の方針だから やって」とか、自分以外の判断基準に頼ることが多い。

恐らく、今までの学校教育で正解ばかりを追い求めてきた所為だろう。

それは、彼らを指導する上司にも言えるだろう。我慢しきれず正解を提示してしまうのだ。僕も、ついつい新人君に代わって「これはこうしたら」と判断を下すミスを犯している。

これは結果的に、自分で判断できない責任を取れない丸投げ人間を作ってしまう。そんな人が管理職、経営陣になったらどうなるか、言うまでもない。

大企業でコーチングの導入が推進されている背景にあるのは、こういったことだろう。

我が社も風が吹けば吹っ飛ぶような零細企業だけど、悩みは同じだ。

新人君が自分で答えを出すようになるまで我慢が必要だろうが、我慢しないツケを将来的に払うのは自分たちだ。

勇気を持って「君はどう思う?」と言おうと思う。今これから。

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